通勤難民

 

前回、目の周りのかぶれが酷く、
いろんな皮膚科に通っていることを冗談で
「皮膚科難民」と言ってみたばかりですが、
今回はまさかの「通勤難民」です。

 

地震が起こった月曜日、
いつもなら電車に乗っているか駅のホームにいる時間でしたが、
たまたまこの日は遅番勤務でまだ家にいたため、
電話に閉じ込めれなかったのは幸いでした。

 

早めに家を出ようかなと、
キッチンの片付けをしていた時に急な揺れ。
あ、地震だ!と思ったら予想以上に揺れが大きく、
途端に携帯電話の非常通知が鳴り出し、
さらに外では町内スピーカーの放送まで。
一気に非日常的な時間が流れるとともに
24年前の阪神大震災が思い出されて本当に怖かった…。

 

揺れは短くすぐに収まりましたが、
気持ちはなかなか落ち着きません。
そんなとき、勤務先の室長から立て続けに緊急連絡網が。
「キャンパスは以上なし。今のところ留学生は来ていません」
「スタッフは安否を連絡して下さい」

それより家族の安否も心配なので、
妹とすぐにLINE、父にも電話をして2人の声を聞いたら、
やっと少しほっとして、勤務先にも無事をメール連絡。

 

まだ不安な気持ちはいっぱいでしたが、
登校中の留学生の安否も気になり
とりあえず必要なものをリュックにまとめて
キャンパスに向かうことにしました。

 

いつも利用しているJR線は運転中止、
駅の前は途方にくれる人々が茫然と立ち尽くしています。
阪急、阪神の私鉄も全て止まっているという情報に、
それでもその場を離れないのは日本人会社員の性でしょう。

「通勤が難しいスタッフは自宅待機して下さい」と
室長からメールがあったので(素晴らしい判断と指示!)、
自宅に戻ろうか悩みながら阪神西宮駅まで足を伸ばし、
阪神バスに乗ってキャンパスに向うことにしました。

 

同じように判断した人でバス停も長蛇の列になりましたが、
幸いにも次のバスに乗り込むことができたので、
阪神バスの乗れましたので今から向かいます」と連絡。
しかしここからが長かった…。

 

すでに満員のバスは途中の停留所で人を乗せることは無理、
それでも各停留所で多くの人が待っているため
勝手に通り過ぎるわけにはいかないバスは一応停車して
「次のバスにお乗り下さい」とアナウンス。

乗れないバスを見送る人たちに同情していると、
次第にバスから降りる客の問題も勃発です。
本来は後ろの扉から降りて、
前の扉から降りる時に料金を払いますが、
バスが満員のすぎて身動きが取れません。
仕方がないので、後ろの扉から降りてバスの外から前方に周り、
前の扉を開けてもらい再び車内に入って料金を支払うシステムに。

 

ところが、普段バスに乗っていない人たちは、
前で料金を払うこと自体が頭にないため
そうするつもりではないのせしょうが、
後ろから降りてそのままとんずら(!)無賃乗車です。

前の扉を開けて待っていた運転手さんが注意しようと思っても、
前の扉から乗れると勘違いしたバス待ちの人たちが流れ込み、
乗らないで下さい!なんでアカンの?の押し問答。
停留所に着く度に同じ事が繰り返され、
げんなりした頃にようやく学校の近くまで来たので、
バスを降りて歩いて事務所に向かいました。

 

到着は10時半。
早朝から勤務していた室長と、
学校の近くに住んでいるスタッフが手分けをして
留学生の安否を確認してくれていて、
ほぼ全員の無事がすでに確認されていてほっとしました。
残りの安否確認と海外からの問い合わせに対応し、
初動が終われば逆に帰宅が難しくなることを考えて、
早めに退室するよう室長から指示がありました。
(さすがです)

 

諸々終えて2時過ぎに退室。
これまた幸いにも実家が勤務先から徒歩圏内なので
いざとなれば実家に、まずはバスにトライして西宮まで、
というつもりでバス道に出るとすぐにバスがやってきて、
しかも乗車スペースもあります。ラッキー。

ということで乗り込んだのはいいが、
道路も混んでいて遅々として進まない…。
これは歩いた方が早いかもと思った矢先、
私が掴んで立っていたシートに座っていた方が降りられ、
着席する事ができました。重ね重ねラッキーです。

 

結局西宮に着いたのは4時。
2時に学校を出てから2時間が経っていました。。
疲れた…。
でも、これくらいだったら文句も言えません。
汗もかいたのでシャワーを浴びてスッキリしようと
シャワーの下に立ったのに
あれ?いつまでたってもお湯にならない…。
まさか?
キッチンでガスコンロをひねってみても点火しません。
ガスがつかない…。

 

大阪ガスのあんしんガイドを読むと、
大きな地震の際は、マイコンメーターが安全の為に
ガスを遮断するらしく、説明とおり赤い表示ランプが点灯しています。
復帰手順も書いてあるのでそれに従って操作しようと思ったけれど
玄関外のメーターが高く背が届かず…

 

仕方がないので管理会社の人に連絡し、
急がないので来てもらえないかと依頼しました。
同時に同じ建物の住民たちのメーターも確認し、
同じ状態の人についてもレポートしました。

おかげさまで、すぐにハシゴ持参で来てくれて、
ガスは無事に復旧しました。
ありがとうございます!!

 

それと全く同じタイミングで母から電話。
母はこの日、山行き旅行で神戸を離れていて、
旅先で大阪で地震があった事を知って電話をくれました。
すでに実家の父とも話していて、
父も妹も私も無事だということは分かっていたようですが、
電話で母の声を聞くことができてほっと安心。
「悪いけど、これから夕食の宴会なのよ」
いえいえ、全然気にすることではありません!楽しんで!

気がつくとすでに6時。まさに非日常的な一日でした…。

 

翌日から、電車が運行を再開したので通常通り勤務。
ただ数日間はもしもに備え常にリュックで通勤しました。

月曜日が学生は休校になったのでその補講の調整も気にしつつ、
一日業務が飛んだ分、締め切りが迫る業務への焦りで
頭はフル回転です。
その上、いつも以上にミーティングや業務相談が増え、
予定していた仕事が追いついていない…。

 

実は、今回素晴らしい判断指示を出してくれた室長は、
6月の人事異動で着任したばかりのやり手の管理職。
センターを立て直すための使命と仕事に取り組む姿勢の厳しさを
スタッフに敢えて見せることで、
着任わずか2週間ですっかりセンターの雰囲気も変わりました。

個人的にはこういう人が来てくれて嬉しいですが、
様々な雇用形態のスタッフが集まるセンターをまとめていくには、
課題が山積み。
改善するための現状把握や方向性を定める上でのリサーチなど、
要求されることが増えて常に仕事に追われる1週間でした。

 

月曜日の朝の地震とそれからの1週間。
不安な気持ちでいっぱいなのに、
地震のことなど忘れるくらい仕事に忙殺され、
なんだか必要以上の疲労感です。

被災された方がいる一方で、
日常は変わらずに流れ続けることに
どうしようもない遣る瀬無さを感じながら。