大雨

 

先週木曜からの大雨。
今まで経験した中で最大の雨量だったと思います。

 

木曜は朝から大雨警報が発令されていましたが、
強風警報もしくは特別警報以外は授業実施となっているため、
滝のような雨粒の中とりあえずは学校へ。
案の定、10時半過ぎには土砂災害の避難勧告が発令され、
学生も教職員も安全のため帰宅することになりました。

 

翌日金曜日も朝から大雨。
土砂災害の避難勧告がまだ解除されていないため引き続き休講。
不要不出で自宅待機の指示がありましたが、
案件処理のため出勤しお昼には帰宅。
持参していたお弁当を家で食べてから掃除をし、
母と妹に連絡し念のため安否確認をして、
各地の被害情報を読みながら早く雨が上がることを願いつつ、
土曜に学内行事が重なっていて、
担当者が対応に追われている様子をメールで確認し、
雨音を聞きながら読書で時間を過ごしました。

 

土曜も朝からまだまだ雨。
でも幸いに雨脚は弱まっているようです。
雨の中家に閉じこもっている両親も退屈しているだろうから、
お弁当を持って訪ねることにしました。
いつも私が訪ねると母が食事を用意してくれるので、
たまには私が何かしたい。
あいにくの雨で外には出られませんが、
家の中でみんなでお弁当というのも珍しく、
ちょっと楽しい気持ちになれるかなとのアイデアです。

 

物も人も流通が滞っていたけれど、
西宮の阪神百貨店で美味しそうなお弁当を買うことができました。
(つまりは出来立てではなかったかもしれないが)

実家のすぐそばを流れる住吉川の濁流も確認し、
ちょうどお昼前に時実家に到着。
NHKのニュースで大雨の被害映像を見て、
改めて今回の大雨の酷さを実感しました。
(何しろ家にテレビがないので映像は初めて)

 

さて、ひとしきり母と話をしてから、
皆で昼食の時間です。
用意は簡単、お弁当を並べるだけ。
でも、二段重ねのお弁当を開けるだけでも、
なんだか嬉しい気持ちになります。
吉兆やなだ万の高級弁当ではありませんが、
皆がで美味しくいただきました。

 

食後は再び母とおしゃべり。
仕事の愚痴もたっぷり聞いてもらい、
私の方が元気になったところで、
雨の弱まっているうちに帰ることにしました。
帰りにもう一度住吉川を一目見てから電車に乗り、
西宮に着いた時には再び雨脚が強まりました。
一体このすごい量の水はどこから来るのでしょうか。

 

幸いにこの辺りには被害がなかったので本当に良かったです。
先日の地震に続き今回の大雨。
実家も職場も近いのが何よりだと痛感します。
自然を前に人は無力ですから。

 

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通勤難民

 

前回、目の周りのかぶれが酷く、
いろんな皮膚科に通っていることを冗談で
「皮膚科難民」と言ってみたばかりですが、
今回はまさかの「通勤難民」です。

 

地震が起こった月曜日、
いつもなら電車に乗っているか駅のホームにいる時間でしたが、
たまたまこの日は遅番勤務でまだ家にいたため、
電話に閉じ込めれなかったのは幸いでした。

 

早めに家を出ようかなと、
キッチンの片付けをしていた時に急な揺れ。
あ、地震だ!と思ったら予想以上に揺れが大きく、
途端に携帯電話の非常通知が鳴り出し、
さらに外では町内スピーカーの放送まで。
一気に非日常的な時間が流れるとともに
24年前の阪神大震災が思い出されて本当に怖かった…。

 

揺れは短くすぐに収まりましたが、
気持ちはなかなか落ち着きません。
そんなとき、勤務先の室長から立て続けに緊急連絡網が。
「キャンパスは以上なし。今のところ留学生は来ていません」
「スタッフは安否を連絡して下さい」

それより家族の安否も心配なので、
妹とすぐにLINE、父にも電話をして2人の声を聞いたら、
やっと少しほっとして、勤務先にも無事をメール連絡。

 

まだ不安な気持ちはいっぱいでしたが、
登校中の留学生の安否も気になり
とりあえず必要なものをリュックにまとめて
キャンパスに向かうことにしました。

 

いつも利用しているJR線は運転中止、
駅の前は途方にくれる人々が茫然と立ち尽くしています。
阪急、阪神の私鉄も全て止まっているという情報に、
それでもその場を離れないのは日本人会社員の性でしょう。

「通勤が難しいスタッフは自宅待機して下さい」と
室長からメールがあったので(素晴らしい判断と指示!)、
自宅に戻ろうか悩みながら阪神西宮駅まで足を伸ばし、
阪神バスに乗ってキャンパスに向うことにしました。

 

同じように判断した人でバス停も長蛇の列になりましたが、
幸いにも次のバスに乗り込むことができたので、
阪神バスの乗れましたので今から向かいます」と連絡。
しかしここからが長かった…。

 

すでに満員のバスは途中の停留所で人を乗せることは無理、
それでも各停留所で多くの人が待っているため
勝手に通り過ぎるわけにはいかないバスは一応停車して
「次のバスにお乗り下さい」とアナウンス。

乗れないバスを見送る人たちに同情していると、
次第にバスから降りる客の問題も勃発です。
本来は後ろの扉から降りて、
前の扉から降りる時に料金を払いますが、
バスが満員のすぎて身動きが取れません。
仕方がないので、後ろの扉から降りてバスの外から前方に周り、
前の扉を開けてもらい再び車内に入って料金を支払うシステムに。

 

ところが、普段バスに乗っていない人たちは、
前で料金を払うこと自体が頭にないため
そうするつもりではないのせしょうが、
後ろから降りてそのままとんずら(!)無賃乗車です。

前の扉を開けて待っていた運転手さんが注意しようと思っても、
前の扉から乗れると勘違いしたバス待ちの人たちが流れ込み、
乗らないで下さい!なんでアカンの?の押し問答。
停留所に着く度に同じ事が繰り返され、
げんなりした頃にようやく学校の近くまで来たので、
バスを降りて歩いて事務所に向かいました。

 

到着は10時半。
早朝から勤務していた室長と、
学校の近くに住んでいるスタッフが手分けをして
留学生の安否を確認してくれていて、
ほぼ全員の無事がすでに確認されていてほっとしました。
残りの安否確認と海外からの問い合わせに対応し、
初動が終われば逆に帰宅が難しくなることを考えて、
早めに退室するよう室長から指示がありました。
(さすがです)

 

諸々終えて2時過ぎに退室。
これまた幸いにも実家が勤務先から徒歩圏内なので
いざとなれば実家に、まずはバスにトライして西宮まで、
というつもりでバス道に出るとすぐにバスがやってきて、
しかも乗車スペースもあります。ラッキー。

ということで乗り込んだのはいいが、
道路も混んでいて遅々として進まない…。
これは歩いた方が早いかもと思った矢先、
私が掴んで立っていたシートに座っていた方が降りられ、
着席する事ができました。重ね重ねラッキーです。

 

結局西宮に着いたのは4時。
2時に学校を出てから2時間が経っていました。。
疲れた…。
でも、これくらいだったら文句も言えません。
汗もかいたのでシャワーを浴びてスッキリしようと
シャワーの下に立ったのに
あれ?いつまでたってもお湯にならない…。
まさか?
キッチンでガスコンロをひねってみても点火しません。
ガスがつかない…。

 

大阪ガスのあんしんガイドを読むと、
大きな地震の際は、マイコンメーターが安全の為に
ガスを遮断するらしく、説明とおり赤い表示ランプが点灯しています。
復帰手順も書いてあるのでそれに従って操作しようと思ったけれど
玄関外のメーターが高く背が届かず…

 

仕方がないので管理会社の人に連絡し、
急がないので来てもらえないかと依頼しました。
同時に同じ建物の住民たちのメーターも確認し、
同じ状態の人についてもレポートしました。

おかげさまで、すぐにハシゴ持参で来てくれて、
ガスは無事に復旧しました。
ありがとうございます!!

 

それと全く同じタイミングで母から電話。
母はこの日、山行き旅行で神戸を離れていて、
旅先で大阪で地震があった事を知って電話をくれました。
すでに実家の父とも話していて、
父も妹も私も無事だということは分かっていたようですが、
電話で母の声を聞くことができてほっと安心。
「悪いけど、これから夕食の宴会なのよ」
いえいえ、全然気にすることではありません!楽しんで!

気がつくとすでに6時。まさに非日常的な一日でした…。

 

翌日から、電車が運行を再開したので通常通り勤務。
ただ数日間はもしもに備え常にリュックで通勤しました。

月曜日が学生は休校になったのでその補講の調整も気にしつつ、
一日業務が飛んだ分、締め切りが迫る業務への焦りで
頭はフル回転です。
その上、いつも以上にミーティングや業務相談が増え、
予定していた仕事が追いついていない…。

 

実は、今回素晴らしい判断指示を出してくれた室長は、
6月の人事異動で着任したばかりのやり手の管理職。
センターを立て直すための使命と仕事に取り組む姿勢の厳しさを
スタッフに敢えて見せることで、
着任わずか2週間ですっかりセンターの雰囲気も変わりました。

個人的にはこういう人が来てくれて嬉しいですが、
様々な雇用形態のスタッフが集まるセンターをまとめていくには、
課題が山積み。
改善するための現状把握や方向性を定める上でのリサーチなど、
要求されることが増えて常に仕事に追われる1週間でした。

 

月曜日の朝の地震とそれからの1週間。
不安な気持ちでいっぱいなのに、
地震のことなど忘れるくらい仕事に忙殺され、
なんだか必要以上の疲労感です。

被災された方がいる一方で、
日常は変わらずに流れ続けることに
どうしようもない遣る瀬無さを感じながら。

 

 

皮膚科難民

 

眼の周りのかぶれに悩まされて数ヶ月。
真っ赤に腫れて醜い時はステロイドを塗り、
少し良くなりステロイドをやめるとまた戻る、
の繰り返しがずっと続いています。

 

もともと眼の下の皮膚がかぶれやすい体質で、
目薬だって使用できないし、
眼の周りのクリームなどもってのほか。
すぐにお岩さんかパンダのようになります。
それが嫌で、かれこれ20年以上はずっと、
眼の周りの皮膚が炎症を起こす可能性があるものは
一切排除しています。

 

それなのに2年前の冬、急に眼の周りがかぶれ、
真っ赤に腫れてお岩さんになりました。
何も変わったこともしていないし、
原因となるものが分からなかったため、
近所の皮膚科で診てもらいました。

 

心当たりはないかと質問されてもありません。
ないはずがない、とのことなので、
強いて言うならコンタクトレンズを変えたこと?
しばらくは眼鏡で過ごすように言われ
ステロイドを処方してもらい一週間後、
すっかり良くなったから再びコンタクトレンズに戻し、
かぶれたらステロイドで様子を見ているうちに、
幸い元に戻りました。

 

そして今度は昨年の11月頃。
またまた眼の周りがお岩さんです。
前回とは違う皮膚科に行ってみるも、
結局は同じステロイドで治して様子を見る。
これが長引いて一月に一度は必ずかぶれるの繰り返しで、
どうもすっきりしないまま春になりました。

 

春になったらまた酷いかぶれとの格闘です。
これまでは冬の乾燥がかぶれを引き起こしているのかもと
なんとなく思って来ましたが、暖かくなったのにかぶれる。
もしかして花粉か?とか勝手に考えながら、
前髪がかからないよう4月の始めに髪も短く切り、
花粉も落ち着いてきたゴールデンウィークになって、
またまた炎症が酷くなりました。

 

ステロイドを塗って少し良くなってまたかぶれて..が延々。
さすがにまた皮膚科に行こうと思いつつも、
土曜出勤が続いて平日夜もタイミングが合わず。
ステロイドにも嫌気が差して来たので、
日曜日に診察がある皮膚科を探して
今朝皮膚科に行って来ました。

 

日曜日に受診可能な皮膚科は限られていて、
美容治療(シミ取りや注射など)が中心の皮膚科が多い。
私が訪ねた医院も待合室はいっぱいで、
一瞬やっぱり引き返そうかと思ったくらいですが、
せっかく来たのだからと自分で自分に言い聞かせ、
問診票を記入して順番を待ちました。

 

20人くらいは待っていたのに意外に回転が早く、
名前を呼ばれて診察室に入ると回転の速さに納得。
私も3分で終わりました…。

 

今何使ってるの?から始まり、
持参していたステロイドを見せると、
ああ、これね、これでもいいんだけど、
ちょっと重いからクリームタイプのものに変えとこうか。で1分。

ちょっと見せて、あー赤くなってるね、
かゆみもあるだろうから寝てる間に触ったりして、
すっかり治りきらないんだよね。
かゆみ止めも出しとくから。で1分。

あとは保湿して。と言われたので、
どうやって保湿するのがいいんですか?と聞くと、
それは次回言うから来週また来て下さい、で1分。

 

結局、ステロイドとかゆみ止め。
もうすっかり慣れている対処法です。
なぜ炎症が起こるのか原因が知りたいと問診票に書いたのに、
その辺はお構いなしという雰囲気です。

 

いまいち誠意を感じ取れないので、
先ずは治してから原因を探るということを
考えてくれているとは思えません。
美容治療も多いし患者数をこなして利益をあげることが
優先なのかなと勘ぐってしまいます。

 

ということで、おそらく来週は再受診しないと思われます。
ステロイド療法で治ればもうそれで良し…!
また別の機会に原因究明に挑みたいと思います。

 

 

 

 

 

 

雨の日曜日に

一日よく降った昨日の日曜日。
雨脚も強かったので外出は控えたいところでしたが、
予定通りシネマ歌舞伎を観るために三宮まで。

 

1週間期間限定で上映中の『二人藤娘/日本振袖始』。
1日2回の上映しかなく、
土曜日は仕事のために都合が合わず、
日曜日が唯一のチャンスだったのです。

 

ちょうど母の日だと気がつき、
前もって母に声をかけてみたところ
あいにくその日は山行きの予定があるということで
今回は1人で観に行くつもりだったから、
雨足を見て取りやめることもできたのだけれど、
やっぱり観たい気持ちが勝って
珍しく雨の中のお出かけでした。

 

さて、まずは「二人藤娘」。
本来は一人で演じる女形舞踊の「藤娘」を、
坂東玉三郎さんと中村七之助さんの二人が演じた舞台です。
美しい藤が咲き誇る舞台の上を女でも見とれてしまう二人が
艶やかに舞い、華やかで美しい芸術のような作品でした。

 

変わって「日本振袖始」。
八岐大蛇(やまたのおろち)伝説をベースに
近松門左衛門が書き上げた演目だということや
作品の題名の由来やストーリーなどを
シネマ歌舞伎としての本作品の編集・監督した
玉三郎さんご自身が語る映像が冒頭にあったおかげで、
すんなりと理解することができました。

 

藤娘に続いて妖艶な美しい姫の姿の玉三郎さん、
後半は大蛇退治にやってきた素盞嗚尊(すさのおのみこと)を演じる
中村勘九郎さんと大蛇が大立ち廻り繰り広げられますが、
まさか恐ろしい鬼のような大蛇が玉三郎さんだとは信じられない変貌ぶり。
八頭の蛇の動きと主役二人の立ち回りは本当にダイナミックで、
思わず声が出るほどのザ・歌舞伎のエンタテインメント。

あー、来てよかったな、と思う90分でした。
やっぱり母も一緒に観られたらよかったなぁ。

 

さて、用事を済ませて家に帰り、やっぱり気になって
「母の日なのに何もせずごめんね。また別の機会にするね!」と
母にメールをしたらすぐに返事がありました。
「一日よく降るね。今日は家でゆっくりしてました」。
そうだよね、これだけ雨が降ったら山行きだって中止になるよね・・・。
だったら朝出かける前に電話すればよかったな。

 

というわけで、お母さんまたの機会を待っててね。
いつもどうもありがとう!!!

 

家族でドライブ

5月5日のこどもの日、
母と妹家族とGWのドライブへ出かけました。

 

当日朝9時に西宮を出発して
母を迎えに行く道中で妹と行き先の相談です。

定番の淡路島はGW渋滞必至、
だったら北へ向かって天の橋立?
2時間くらい?ちょっと遠いか?
三田に芝桜の名所があるみたい、
なんて決めかねるうちに母と合流。

「天の橋立は遠いから三田が良いわ」の一言で、
緑がまぶしい六甲山を越えてヒョイと三田へ。

 

三田市内の田舎道では、
米の植え付けや畑の手入れが新鮮で、
美しい田園風景を眺めているだけで
気持ちがリフレッシュします。

カーブの多い狭い県道を奥深くまで進むと、
ありました!
芝桜専門庭園「花のじゅうたん」。
隣接の駐車場に観光バスも停まっているので
三田の観光名所なんですね。

 

車から降りて良いお天気で良かったね〜と
話ながら園内への入り口にて手書きの張り紙。
「たび重なる雨で花は急激に減少しました。
本日は半額にて開園しております」
満開で先詰めた芝桜を期待していたので
ちょっと残念でしたが、
一部残った芝桜は可愛らしく、
狭いながらも手入れされた園内を歩くだけで、
私は十分楽しめました。

 

その後、ほんの50メートル程先の「花しょうぶ園」へ。
意外に入園料が高い…だったらイイわ、と入園せずに、
道路を挟んで向こう側の「永澤寺」へ。
母は「ようたくじ」と言いますが、
途中の道路標識では「えいたくじ」の振りがな。
一体どっちが正しいの?と思っていたら、
道路案内図に一口メモが。
永沢寺 - ようたくじ 寺名です。えいたくじ 地名です。
なるほど。

 

中でもこちらのお寺の固有名詞になると、
永澤寺と書くようです。
関西花の寺のひとつであるこのお寺は
花しょうぶが有名なのだそうですが、
それには時期が早すぎます。
それでも広い境内にはガンダーラ彫刻の展示や
整然とした墓地にこれまた立派な涅槃仏まで。
意外にも散策のしがいがあるお寺でした。

 

この後は車に戻り、
今度は有馬富士公園へ向かいます。
山の会の例会で有馬富士の名前は何度も見ながらも、
アクセスの悪さに参加したことがなかった母。
一方妹は子供達がまだ小さかった頃、
よく有馬富士公園へ連れて来ていたそう。
有馬富士へのハイキングコースへも繋がる公園は、
生態系を学ぶ施設や子供が遊べる遊具ゾーン、
散策コースなどが整備されていて、
家族で楽しめる公園なのだそうです。

 

この日は山の中へのハイキングにへ軽装備だったので、
公園の中心福島大池を取り囲む遊歩道に沿って、
ゆっくりと散歩を楽しみました。
どれだけ歩いても一向にペースが落ちない
元気な甥っ子。
小さかった頃に来たこと、覚えているかな?

深々とした緑と眩しい空。
のんびり散策するだけで本当に気持が良い。
有馬富士を眺めながら母に、
「3月に見られなかった富士山が見えたね!」

 

さて、心地よい散策を楽しんだあと、
お腹が空いたのでランチです。
往路で見つけた讃岐うどんチェーン店を目指し、
皆で冷たいうどんをいただきました。
お腹も満たされ本日の行程は終了です。

 

楽しかった家族での半日ドライブ。
足が痛い父と、宿題に追われた姪っ子は、
残念ながら留守番でしたが、
家族で過ごすゴールデンウィークは有難いこと。
ささやかかもしれませんが、
私にはとても心満たされる時間でした。

 

楽しいゴールデンウィークをありがとう!

 

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高野山と誕生日

 

ゴールデンウィークの前半の3連休。
晴天の土日は、気温と陽射しがすでに夏。
寝具や衣類を夏向けに交換して、
台所周りの収納を気持ち程度に片づけました。

 

4月30日(月・祝)は、妹たちと高野山へ。
9時に西宮を出発し、11時半には高野山に到着。
同じメンバーで2度目の高野山
前回は、奥の院金剛峯寺を散策したので、
今回は、女人堂、檀上伽藍、大門を周ることにしました。

 

曇り空だったので気温もあがらず、
昨日まで下界が暑かったので、
余計に肌寒く感じられます。
若干薄着を後悔です。

 

まさかの半袖一枚の甥っ子と対照的な
しっかり相応しい上着を羽織った外国人観光客。
中には、ダウンジャケットの人まで。
大抵は、日本人が厚着、外国人が半袖のところ、
逆になってしまいました。

 

おそらく本来はこのくらいの気温が平均的なのでしょう。
外国から来る人は、事前に旅先の気候を調べて
洋服を選んで持って来たのだろうと妹。
或いはまだまだ冬の寒いところから来たのかもと私。
前回来た時は暑かったという記憶がある私たちは、
照り陽射しの中を歩くより良しということで、
2時間ほどの散策を楽しみました。

 

さて散策後、昼食を食べようと食事処を探しますが、
あいにくどこも満席で待ち時間も長い。
並んで食べるよりも車を出して途中で何か買う方が早い、
ということで午後2時頃には高野山を後にしました。

 

実はこの日は姪っ子の誕生日。
部活の試合で出かけている姪っ子と、
実家で一緒に夕食を食べることになっていたので、
遅いお昼でおなかいっぱいになっても困ります。
おにぎりでも買うことにしたものの、
コンビニが目と鼻の先に乱立している都会とは違い、
なかなかお店もありません。
やっと見つけたお店もおにぎりのようなものがなく、
ようやくコンビニを発見したときには「あった!」。
ところがおにぎりもサンドイッチも売り切れです。
がっかり。
そんなことで、ようやく次のコンビニに辿り着き、
おにぎりやサンドイッチが豊富に並んでいるのを見たときは、
「あった~!!」
みんな車内でおにぎりを頬ばりました。

 

今度は実家に向かう前、
近くで姪っ子の誕生日ケーキを買うつもりが、
思うようなケーキ屋さんが見つかりません。
車を走らせながら実家が近づくにつれ焦ります。
「確かあそこにケーキ屋さんがあったような気がする」と
最後の最後、実家近くの2号線沿いで妹を下ろします。
駐車ができないため妹はケーキを持って歩いて帰ることになり、
私たちたちは一足先に実家に「ただいま」。
手巻きずしを用意していてくれた母は、
私たちが高野山に行っていたと聞きびっくりです。

 

さて、夕食の準備も整いましたが、
主賓の姪っ子がいつ到着するのかがよく分かりません。
申し訳ないけど先に始めてもいいかしら、ということで、
姪っ子用に先に取り分けをして、先にみんなで食べていると、
ほどなく姪っ子が到着です。
姪っ子の席の前を、母と妹と私で素早く整えて、
すぐに一緒に食べることができました。


夕食の片づけが終わったらすぐにケーキの登場です。
姪っ子は少し休みたかったようですが、
休憩を挟むと寝てしまって遅くなるということで、
翌日も仕事のある私と妹に急かされるように
誕生日ケーキでお祝いとなりました。(ごめん!)

 

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というわけで、バタバタと忙しい、
でも充実して楽しい一日でした。
家族で過ごすゴールデンウィークはうれしいです。

 

敦賀へ

 

4月1日(日)母と一緒に敦賀へ出かけました。

「日曜日に青春18きっぷでお出かけしませんか」との母からの誘いが3日前、
喜んで!と即答したものの行き先を決めないままの前日の夜に
そろそろ行き先を決めなくちゃね、と電話で相談した際に、
母からの提案は西が倉敷、東が敦賀

 

私にとって敦賀は2012年にアルと1泊2日して出かけた思い出の場所です。
あの時は、Biwako LineでTsurugaへ行きたい!というアルの希望により、
青春18きっぷだからというわけではないのに在来線の旅でした。
記憶に残る素敵な敦賀へ、再び出かけてみるのもいいかな。

 

聞けば、母は参加している山の会の例会に
日帰り敦賀の街歩きの初歩レベルコースがあり、
それをモデルに個人で日帰りしてみようとのアイデアでした。
じゃあ敦賀だね!ということで、
翌朝芦屋駅集合で敦賀行新快速に乗ることになりました。

 

さて当日。
7:20頃芦屋駅で待ち合わせ7:29発の敦賀行新快速に乗車。
乗り換えなしでのんびりと9:50敦賀駅に到着しました。
久しぶりの敦賀は、駅舎が綺麗で便利に改装され、
駅前には立派なロータリーが。
変化に驚きながら構内をキョロキョロ。
まずは案内所で地図をもらい、
母の山の会のコースに書いている名所に印をつけてもらいました。
10時、いよいよ敦賀散策のスタートです。

 

まずは敦賀駅前からシャッターが降りた広いアーケードに沿って氣比神宮へ。
少し寂れた風景に記憶が蘇ります。
レンタル自転車に乗って通った道、そしてAL PLAZA!
前回は、当てもなくひたすら海(正しくは湾)に沿って
自転車で散策しただけで名所らしいところは巡りませんでしたが、
色々な思い出が浮かんできます。

 

そんな懐かしい気持ちとともに、
人気があまりないアーケードを歩いていると、
前回は気がつかなかったたくさんのブロンズ像に気がつきました。
沿道に「銀河鉄道999」「宇宙戦艦ヤマト」に登場するシーンが
続いています。
ブロンズ像に注目しながら約15分ほど歩いたところで、
大きく立派な鳥居が現れ氣比神宮に到着しました。
松尾芭蕉の句碑や桜などゆったりと見ごたえがある境内。
人の出もそう多くなかったのでゆっくり見学することができました。

 

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氣比神宮を後にして、次に目指すのは金崎宮です。
地図を頼りに歩いていると、街路にたくさんの桜の木が植えられ、
この時期にすでに満開の桜の木々にピンク色の幟がはためいています。
幟には「花換まつり」の文字。
毎年4月初めの桜の時期に金崎宮で行われるイベントのようです。

 

金ヶ崎城跡の麓にある金崎宮は桜の名所として知られ、
明治時代に桜見物に訪れた男女が「花換えましょう」を声をかけ、
桜の枝を交換することで思いを伝えたということで、
地元では恋の宮として有名なのだそうです。

敦賀湾を一望できる小高い山の中腹にある金崎宮。
急な階段を上ると境内には桜が美しく咲き誇り、
花換えの枝(造花)を手に家族で花見を楽しむ人で
賑わっていました。

 

境内からの眺望と桜を楽しみ、
そこから山をあがって国の史跡に指定された金ヶ崎城跡へ。
古戦場ウォーキングと記載がある割には、
大きな史跡はありませんでしたが、
石碑にたどりついてからピクニックテーブルで休憩をして
短いながらも山の中のハイキングを楽しむことができました。

 

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さて、一息ついたら元気が出て、
小高い山を引き返します。
最後に、金崎宮の境内にもう一度立ち止まり、
桜と市内の眺望に別れを惜しんでから次へと向かいます。
次に目指すのは金ヶ崎緑地。
港の雰囲気が楽しめる芝生の公園で、
暖かい春の陽気に誘われ花見弁当を楽しんでいる家族も。
周辺には今回の立ち寄りポイントをはじめ、
敦賀港駅舎や赤レンガ倉庫があり、のんびりとした雰囲気のエリアです。

 

まずは「人道の港 敦賀ムゼウム」。
かつてシベリアで救出されたポーランド孤児、
1940年にはナチスドイツの手から逃れたユダヤ人難民が、
当時の領事代理杉原千畝が発給した“命のビザ”を握りしめ、
敦賀港に上陸したことに関連して展示を行っている場所です。
展示会場に入ってすぐの小さなスペースで
ユダヤ人難民たちの証言ビデオを鑑賞し、
2階の展示ルームを見学してムゼウムを後にしました。

 

ムゼウムと道路を隔てての向かい側に見える赤レンガ倉庫は、
特に見どころでもないと判断しスキップすることにして、
ムゼウムのすぐ横にある旧敦賀駅舎に立ち寄りました。
かつて「欧亜国際連絡列車」の発着駅として
重要な位置を占めていた敦賀港駅舎を再現した建物を
敦賀鉄道資料館として利用されているのだそうで、
レトロな雰囲気の館内に、古い鉄道の資料が展示されていました。

 

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ここまでの散策が終わると午後1時半頃。
すっかりお腹がすいたのでどこかでランチを食べましょうということで、
お店がありそうな駅に向かって戻ることにしました。
あっと言う間に氣比神宮の大鳥居が見え、
再び銀河鉄道のブロンズ像が続くアーケードです。
ブロンズ像の合間に松尾芭蕉の句も点在していて、
それらに注目しながら歩いているとあっという間に駅前です。

 

お昼を食べる場所が見つけられないまま、
駅構内で駅弁でも買って食べるかななんて思っていたら、
駅のすぐ近くにおしゃれなカフェを発見。
パスタランチやグリルランチのランチメニューもあります。
久しぶりにパスタもいいね、とランチはここに決まりです。

 

よく歩いたね~と話しながら、
食事が出てくる間に帰りの電車の下調べ。
乗り換えなしで帰れるように敦賀からの新快速に乗る予定ですが、
この後すぐは2:23発、その次は3:23発。
時計を見て今1:45だからさすがに2:23は忙しないね、と話していると
思ったよりも早く料理がでて2:10にはお店を出ることができました。
駅は目の前。
トイレに行ってコーヒーを買って、予定より早い電車に乗りこみ、
4:43に芦屋に戻ることができました。

 

日帰りでコンパクトに大充実した母との敦賀への旅。
満開の桜を楽しみ、土地の歴史を知り、思い出も振り返り、
敦賀は最高です!!

 

4月の新学期を迎え忙しくなるその直前に、
とても楽しい日曜日を過ごせた事に感謝です。
ありがとう〜〜