月イチ歌舞伎

 

昨年夏からすっかりハマっている月イチ歌舞伎。
歌舞伎の舞台をHD&高性能カメラで撮影し、
映画館で上映するシネマ歌舞伎を毎月1週間ずつ
(新作は3週間)上映するというものです。

 

昨年8月『棒しばり/喜撰』
10月『スーパー歌舞伎 ヤマトタケル
11月『め組の喧嘩』
12月『熊谷陣屋』
1月『京鹿子娘五人道成寺/二人椀久』

(※9月『四谷怪談』は敬遠、
2月『籠釣瓶花街酔醒』は台湾旅行で上映見逃す)

古典からスーパー歌舞伎、豪華役者競演と、
幅広いラインアップで一気に歌舞伎の面白さに
引き込まれました。

 

毎回観るならと前売り券を購入するようになったのがようやく昨年末。
観に行った日に翌月分のチケットを購入して帰るようになりました。
2018年5月〜2019年1月までの作品が発表されてからは、
ムビチケカード3枚セット(5400円)なる3枚綴りの
前売り券を購入し上映を楽しみにしていました。

 

5月『二人藤娘/日本振袖始』から始まり、
その時は2月分用に購入していた前売り券を使い、
いよいよ6月から3枚綴り券を使い始めました。

 

6月の『東海道中膝栗毛 歌舞伎座捕獲帖』は、
市川染五郎(現・松本幸四郎)と市川猿之助
弥次喜多コンビに扮するドタバタで楽しい新作歌舞伎。

7月の『刺青奇偶』は、
中村勘三郎坂東玉三郎が夫婦の情愛を巧みに演じる
名舞台でした。

そして先日観たばかりの
8月の『大江戸りびんぐでっど』
宮藤官九郎作・演出という事でてんこ盛りハチャメチャは
予想していたけれど、なかなか手放しには評価し難い作品。
全く斬新で面白いことは面白いのですが、
表現や演出が不快に思える部分もあり、
一体これを歌舞伎でやる意味があるのか私には正直理解できず…。

 

というわけで、あっという間に3枚綴り券を使い切り、
今週また劇場で新たに3枚綴り前売り券を求めました。
今ではカレンダーで上映日をチェックしています。
何と言っても上映期間が1週間と短いため、
気を抜いたら月イチを見逃す可能性大なので。
毎月の楽しみができて嬉しいです。

 

大雨

 

先週木曜からの大雨。
今まで経験した中で最大の雨量だったと思います。

 

木曜は朝から大雨警報が発令されていましたが、
強風警報もしくは特別警報以外は授業実施となっているため、
滝のような雨粒の中とりあえずは学校へ。
案の定、10時半過ぎには土砂災害の避難勧告が発令され、
学生も教職員も安全のため帰宅することになりました。

 

翌日金曜日も朝から大雨。
土砂災害の避難勧告がまだ解除されていないため引き続き休講。
不要不出で自宅待機の指示がありましたが、
案件処理のため出勤しお昼には帰宅。
持参していたお弁当を家で食べてから掃除をし、
母と妹に連絡し念のため安否確認をして、
各地の被害情報を読みながら早く雨が上がることを願いつつ、
土曜に学内行事が重なっていて、
担当者が対応に追われている様子をメールで確認し、
雨音を聞きながら読書で時間を過ごしました。

 

土曜も朝からまだまだ雨。
でも幸いに雨脚は弱まっているようです。
雨の中家に閉じこもっている両親も退屈しているだろうから、
お弁当を持って訪ねることにしました。
いつも私が訪ねると母が食事を用意してくれるので、
たまには私が何かしたい。
あいにくの雨で外には出られませんが、
家の中でみんなでお弁当というのも珍しく、
ちょっと楽しい気持ちになれるかなとのアイデアです。

 

物も人も流通が滞っていたけれど、
西宮の阪神百貨店で美味しそうなお弁当を買うことができました。
(つまりは出来立てではなかったかもしれないが)

実家のすぐそばを流れる住吉川の濁流も確認し、
ちょうどお昼前に時実家に到着。
NHKのニュースで大雨の被害映像を見て、
改めて今回の大雨の酷さを実感しました。
(何しろ家にテレビがないので映像は初めて)

 

さて、ひとしきり母と話をしてから、
皆で昼食の時間です。
用意は簡単、お弁当を並べるだけ。
でも、二段重ねのお弁当を開けるだけでも、
なんだか嬉しい気持ちになります。
吉兆やなだ万の高級弁当ではありませんが、
皆がで美味しくいただきました。

 

食後は再び母とおしゃべり。
仕事の愚痴もたっぷり聞いてもらい、
私の方が元気になったところで、
雨の弱まっているうちに帰ることにしました。
帰りにもう一度住吉川を一目見てから電車に乗り、
西宮に着いた時には再び雨脚が強まりました。
一体このすごい量の水はどこから来るのでしょうか。

 

幸いにこの辺りには被害がなかったので本当に良かったです。
先日の地震に続き今回の大雨。
実家も職場も近いのが何よりだと痛感します。
自然を前に人は無力ですから。

 

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通勤難民

 

前回、目の周りのかぶれが酷く、
いろんな皮膚科に通っていることを冗談で
「皮膚科難民」と言ってみたばかりですが、
今回はまさかの「通勤難民」です。

 

地震が起こった月曜日、
いつもなら電車に乗っているか駅のホームにいる時間でしたが、
たまたまこの日は遅番勤務でまだ家にいたため、
電話に閉じ込めれなかったのは幸いでした。

 

早めに家を出ようかなと、
キッチンの片付けをしていた時に急な揺れ。
あ、地震だ!と思ったら予想以上に揺れが大きく、
途端に携帯電話の非常通知が鳴り出し、
さらに外では町内スピーカーの放送まで。
一気に非日常的な時間が流れるとともに
24年前の阪神大震災が思い出されて本当に怖かった…。

 

揺れは短くすぐに収まりましたが、
気持ちはなかなか落ち着きません。
そんなとき、勤務先の室長から立て続けに緊急連絡網が。
「キャンパスは以上なし。今のところ留学生は来ていません」
「スタッフは安否を連絡して下さい」

それより家族の安否も心配なので、
妹とすぐにLINE、父にも電話をして2人の声を聞いたら、
やっと少しほっとして、勤務先にも無事をメール連絡。

 

まだ不安な気持ちはいっぱいでしたが、
登校中の留学生の安否も気になり
とりあえず必要なものをリュックにまとめて
キャンパスに向かうことにしました。

 

いつも利用しているJR線は運転中止、
駅の前は途方にくれる人々が茫然と立ち尽くしています。
阪急、阪神の私鉄も全て止まっているという情報に、
それでもその場を離れないのは日本人会社員の性でしょう。

「通勤が難しいスタッフは自宅待機して下さい」と
室長からメールがあったので(素晴らしい判断と指示!)、
自宅に戻ろうか悩みながら阪神西宮駅まで足を伸ばし、
阪神バスに乗ってキャンパスに向うことにしました。

 

同じように判断した人でバス停も長蛇の列になりましたが、
幸いにも次のバスに乗り込むことができたので、
阪神バスの乗れましたので今から向かいます」と連絡。
しかしここからが長かった…。

 

すでに満員のバスは途中の停留所で人を乗せることは無理、
それでも各停留所で多くの人が待っているため
勝手に通り過ぎるわけにはいかないバスは一応停車して
「次のバスにお乗り下さい」とアナウンス。

乗れないバスを見送る人たちに同情していると、
次第にバスから降りる客の問題も勃発です。
本来は後ろの扉から降りて、
前の扉から降りる時に料金を払いますが、
バスが満員のすぎて身動きが取れません。
仕方がないので、後ろの扉から降りてバスの外から前方に周り、
前の扉を開けてもらい再び車内に入って料金を支払うシステムに。

 

ところが、普段バスに乗っていない人たちは、
前で料金を払うこと自体が頭にないため
そうするつもりではないのせしょうが、
後ろから降りてそのままとんずら(!)無賃乗車です。

前の扉を開けて待っていた運転手さんが注意しようと思っても、
前の扉から乗れると勘違いしたバス待ちの人たちが流れ込み、
乗らないで下さい!なんでアカンの?の押し問答。
停留所に着く度に同じ事が繰り返され、
げんなりした頃にようやく学校の近くまで来たので、
バスを降りて歩いて事務所に向かいました。

 

到着は10時半。
早朝から勤務していた室長と、
学校の近くに住んでいるスタッフが手分けをして
留学生の安否を確認してくれていて、
ほぼ全員の無事がすでに確認されていてほっとしました。
残りの安否確認と海外からの問い合わせに対応し、
初動が終われば逆に帰宅が難しくなることを考えて、
早めに退室するよう室長から指示がありました。
(さすがです)

 

諸々終えて2時過ぎに退室。
これまた幸いにも実家が勤務先から徒歩圏内なので
いざとなれば実家に、まずはバスにトライして西宮まで、
というつもりでバス道に出るとすぐにバスがやってきて、
しかも乗車スペースもあります。ラッキー。

ということで乗り込んだのはいいが、
道路も混んでいて遅々として進まない…。
これは歩いた方が早いかもと思った矢先、
私が掴んで立っていたシートに座っていた方が降りられ、
着席する事ができました。重ね重ねラッキーです。

 

結局西宮に着いたのは4時。
2時に学校を出てから2時間が経っていました。。
疲れた…。
でも、これくらいだったら文句も言えません。
汗もかいたのでシャワーを浴びてスッキリしようと
シャワーの下に立ったのに
あれ?いつまでたってもお湯にならない…。
まさか?
キッチンでガスコンロをひねってみても点火しません。
ガスがつかない…。

 

大阪ガスのあんしんガイドを読むと、
大きな地震の際は、マイコンメーターが安全の為に
ガスを遮断するらしく、説明とおり赤い表示ランプが点灯しています。
復帰手順も書いてあるのでそれに従って操作しようと思ったけれど
玄関外のメーターが高く背が届かず…

 

仕方がないので管理会社の人に連絡し、
急がないので来てもらえないかと依頼しました。
同時に同じ建物の住民たちのメーターも確認し、
同じ状態の人についてもレポートしました。

おかげさまで、すぐにハシゴ持参で来てくれて、
ガスは無事に復旧しました。
ありがとうございます!!

 

それと全く同じタイミングで母から電話。
母はこの日、山行き旅行で神戸を離れていて、
旅先で大阪で地震があった事を知って電話をくれました。
すでに実家の父とも話していて、
父も妹も私も無事だということは分かっていたようですが、
電話で母の声を聞くことができてほっと安心。
「悪いけど、これから夕食の宴会なのよ」
いえいえ、全然気にすることではありません!楽しんで!

気がつくとすでに6時。まさに非日常的な一日でした…。

 

翌日から、電車が運行を再開したので通常通り勤務。
ただ数日間はもしもに備え常にリュックで通勤しました。

月曜日が学生は休校になったのでその補講の調整も気にしつつ、
一日業務が飛んだ分、締め切りが迫る業務への焦りで
頭はフル回転です。
その上、いつも以上にミーティングや業務相談が増え、
予定していた仕事が追いついていない…。

 

実は、今回素晴らしい判断指示を出してくれた室長は、
6月の人事異動で着任したばかりのやり手の管理職。
センターを立て直すための使命と仕事に取り組む姿勢の厳しさを
スタッフに敢えて見せることで、
着任わずか2週間ですっかりセンターの雰囲気も変わりました。

個人的にはこういう人が来てくれて嬉しいですが、
様々な雇用形態のスタッフが集まるセンターをまとめていくには、
課題が山積み。
改善するための現状把握や方向性を定める上でのリサーチなど、
要求されることが増えて常に仕事に追われる1週間でした。

 

月曜日の朝の地震とそれからの1週間。
不安な気持ちでいっぱいなのに、
地震のことなど忘れるくらい仕事に忙殺され、
なんだか必要以上の疲労感です。

被災された方がいる一方で、
日常は変わらずに流れ続けることに
どうしようもない遣る瀬無さを感じながら。

 

 

皮膚科難民

 

眼の周りのかぶれに悩まされて数ヶ月。
真っ赤に腫れて醜い時はステロイドを塗り、
少し良くなりステロイドをやめるとまた戻る、
の繰り返しがずっと続いています。

 

もともと眼の下の皮膚がかぶれやすい体質で、
目薬だって使用できないし、
眼の周りのクリームなどもってのほか。
すぐにお岩さんかパンダのようになります。
それが嫌で、かれこれ20年以上はずっと、
眼の周りの皮膚が炎症を起こす可能性があるものは
一切排除しています。

 

それなのに2年前の冬、急に眼の周りがかぶれ、
真っ赤に腫れてお岩さんになりました。
何も変わったこともしていないし、
原因となるものが分からなかったため、
近所の皮膚科で診てもらいました。

 

心当たりはないかと質問されてもありません。
ないはずがない、とのことなので、
強いて言うならコンタクトレンズを変えたこと?
しばらくは眼鏡で過ごすように言われ
ステロイドを処方してもらい一週間後、
すっかり良くなったから再びコンタクトレンズに戻し、
かぶれたらステロイドで様子を見ているうちに、
幸い元に戻りました。

 

そして今度は昨年の11月頃。
またまた眼の周りがお岩さんです。
前回とは違う皮膚科に行ってみるも、
結局は同じステロイドで治して様子を見る。
これが長引いて一月に一度は必ずかぶれるの繰り返しで、
どうもすっきりしないまま春になりました。

 

春になったらまた酷いかぶれとの格闘です。
これまでは冬の乾燥がかぶれを引き起こしているのかもと
なんとなく思って来ましたが、暖かくなったのにかぶれる。
もしかして花粉か?とか勝手に考えながら、
前髪がかからないよう4月の始めに髪も短く切り、
花粉も落ち着いてきたゴールデンウィークになって、
またまた炎症が酷くなりました。

 

ステロイドを塗って少し良くなってまたかぶれて..が延々。
さすがにまた皮膚科に行こうと思いつつも、
土曜出勤が続いて平日夜もタイミングが合わず。
ステロイドにも嫌気が差して来たので、
日曜日に診察がある皮膚科を探して
今朝皮膚科に行って来ました。

 

日曜日に受診可能な皮膚科は限られていて、
美容治療(シミ取りや注射など)が中心の皮膚科が多い。
私が訪ねた医院も待合室はいっぱいで、
一瞬やっぱり引き返そうかと思ったくらいですが、
せっかく来たのだからと自分で自分に言い聞かせ、
問診票を記入して順番を待ちました。

 

20人くらいは待っていたのに意外に回転が早く、
名前を呼ばれて診察室に入ると回転の速さに納得。
私も3分で終わりました…。

 

今何使ってるの?から始まり、
持参していたステロイドを見せると、
ああ、これね、これでもいいんだけど、
ちょっと重いからクリームタイプのものに変えとこうか。で1分。

ちょっと見せて、あー赤くなってるね、
かゆみもあるだろうから寝てる間に触ったりして、
すっかり治りきらないんだよね。
かゆみ止めも出しとくから。で1分。

あとは保湿して。と言われたので、
どうやって保湿するのがいいんですか?と聞くと、
それは次回言うから来週また来て下さい、で1分。

 

結局、ステロイドとかゆみ止め。
もうすっかり慣れている対処法です。
なぜ炎症が起こるのか原因が知りたいと問診票に書いたのに、
その辺はお構いなしという雰囲気です。

 

いまいち誠意を感じ取れないので、
先ずは治してから原因を探るということを
考えてくれているとは思えません。
美容治療も多いし患者数をこなして利益をあげることが
優先なのかなと勘ぐってしまいます。

 

ということで、おそらく来週は再受診しないと思われます。
ステロイド療法で治ればもうそれで良し…!
また別の機会に原因究明に挑みたいと思います。

 

 

 

 

 

 

雨の日曜日に

一日よく降った昨日の日曜日。
雨脚も強かったので外出は控えたいところでしたが、
予定通りシネマ歌舞伎を観るために三宮まで。

 

1週間期間限定で上映中の『二人藤娘/日本振袖始』。
1日2回の上映しかなく、
土曜日は仕事のために都合が合わず、
日曜日が唯一のチャンスだったのです。

 

ちょうど母の日だと気がつき、
前もって母に声をかけてみたところ
あいにくその日は山行きの予定があるということで
今回は1人で観に行くつもりだったから、
雨足を見て取りやめることもできたのだけれど、
やっぱり観たい気持ちが勝って
珍しく雨の中のお出かけでした。

 

さて、まずは「二人藤娘」。
本来は一人で演じる女形舞踊の「藤娘」を、
坂東玉三郎さんと中村七之助さんの二人が演じた舞台です。
美しい藤が咲き誇る舞台の上を女でも見とれてしまう二人が
艶やかに舞い、華やかで美しい芸術のような作品でした。

 

変わって「日本振袖始」。
八岐大蛇(やまたのおろち)伝説をベースに
近松門左衛門が書き上げた演目だということや
作品の題名の由来やストーリーなどを
シネマ歌舞伎としての本作品の編集・監督した
玉三郎さんご自身が語る映像が冒頭にあったおかげで、
すんなりと理解することができました。

 

藤娘に続いて妖艶な美しい姫の姿の玉三郎さん、
後半は大蛇退治にやってきた素盞嗚尊(すさのおのみこと)を演じる
中村勘九郎さんと大蛇が大立ち廻り繰り広げられますが、
まさか恐ろしい鬼のような大蛇が玉三郎さんだとは信じられない変貌ぶり。
八頭の蛇の動きと主役二人の立ち回りは本当にダイナミックで、
思わず声が出るほどのザ・歌舞伎のエンタテインメント。

あー、来てよかったな、と思う90分でした。
やっぱり母も一緒に観られたらよかったなぁ。

 

さて、用事を済ませて家に帰り、やっぱり気になって
「母の日なのに何もせずごめんね。また別の機会にするね!」と
母にメールをしたらすぐに返事がありました。
「一日よく降るね。今日は家でゆっくりしてました」。
そうだよね、これだけ雨が降ったら山行きだって中止になるよね・・・。
だったら朝出かける前に電話すればよかったな。

 

というわけで、お母さんまたの機会を待っててね。
いつもどうもありがとう!!!

 

家族でドライブ

5月5日のこどもの日、
母と妹家族とGWのドライブへ出かけました。

 

当日朝9時に西宮を出発して
母を迎えに行く道中で妹と行き先の相談です。

定番の淡路島はGW渋滞必至、
だったら北へ向かって天の橋立?
2時間くらい?ちょっと遠いか?
三田に芝桜の名所があるみたい、
なんて決めかねるうちに母と合流。

「天の橋立は遠いから三田が良いわ」の一言で、
緑がまぶしい六甲山を越えてヒョイと三田へ。

 

三田市内の田舎道では、
米の植え付けや畑の手入れが新鮮で、
美しい田園風景を眺めているだけで
気持ちがリフレッシュします。

カーブの多い狭い県道を奥深くまで進むと、
ありました!
芝桜専門庭園「花のじゅうたん」。
隣接の駐車場に観光バスも停まっているので
三田の観光名所なんですね。

 

車から降りて良いお天気で良かったね〜と
話ながら園内への入り口にて手書きの張り紙。
「たび重なる雨で花は急激に減少しました。
本日は半額にて開園しております」
満開で先詰めた芝桜を期待していたので
ちょっと残念でしたが、
一部残った芝桜は可愛らしく、
狭いながらも手入れされた園内を歩くだけで、
私は十分楽しめました。

 

その後、ほんの50メートル程先の「花しょうぶ園」へ。
意外に入園料が高い…だったらイイわ、と入園せずに、
道路を挟んで向こう側の「永澤寺」へ。
母は「ようたくじ」と言いますが、
途中の道路標識では「えいたくじ」の振りがな。
一体どっちが正しいの?と思っていたら、
道路案内図に一口メモが。
永沢寺 - ようたくじ 寺名です。えいたくじ 地名です。
なるほど。

 

中でもこちらのお寺の固有名詞になると、
永澤寺と書くようです。
関西花の寺のひとつであるこのお寺は
花しょうぶが有名なのだそうですが、
それには時期が早すぎます。
それでも広い境内にはガンダーラ彫刻の展示や
整然とした墓地にこれまた立派な涅槃仏まで。
意外にも散策のしがいがあるお寺でした。

 

この後は車に戻り、
今度は有馬富士公園へ向かいます。
山の会の例会で有馬富士の名前は何度も見ながらも、
アクセスの悪さに参加したことがなかった母。
一方妹は子供達がまだ小さかった頃、
よく有馬富士公園へ連れて来ていたそう。
有馬富士へのハイキングコースへも繋がる公園は、
生態系を学ぶ施設や子供が遊べる遊具ゾーン、
散策コースなどが整備されていて、
家族で楽しめる公園なのだそうです。

 

この日は山の中へのハイキングにへ軽装備だったので、
公園の中心福島大池を取り囲む遊歩道に沿って、
ゆっくりと散歩を楽しみました。
どれだけ歩いても一向にペースが落ちない
元気な甥っ子。
小さかった頃に来たこと、覚えているかな?

深々とした緑と眩しい空。
のんびり散策するだけで本当に気持が良い。
有馬富士を眺めながら母に、
「3月に見られなかった富士山が見えたね!」

 

さて、心地よい散策を楽しんだあと、
お腹が空いたのでランチです。
往路で見つけた讃岐うどんチェーン店を目指し、
皆で冷たいうどんをいただきました。
お腹も満たされ本日の行程は終了です。

 

楽しかった家族での半日ドライブ。
足が痛い父と、宿題に追われた姪っ子は、
残念ながら留守番でしたが、
家族で過ごすゴールデンウィークは有難いこと。
ささやかかもしれませんが、
私にはとても心満たされる時間でした。

 

楽しいゴールデンウィークをありがとう!

 

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高野山と誕生日

 

ゴールデンウィークの前半の3連休。
晴天の土日は、気温と陽射しがすでに夏。
寝具や衣類を夏向けに交換して、
台所周りの収納を気持ち程度に片づけました。

 

4月30日(月・祝)は、妹たちと高野山へ。
9時に西宮を出発し、11時半には高野山に到着。
同じメンバーで2度目の高野山
前回は、奥の院金剛峯寺を散策したので、
今回は、女人堂、檀上伽藍、大門を周ることにしました。

 

曇り空だったので気温もあがらず、
昨日まで下界が暑かったので、
余計に肌寒く感じられます。
若干薄着を後悔です。

 

まさかの半袖一枚の甥っ子と対照的な
しっかり相応しい上着を羽織った外国人観光客。
中には、ダウンジャケットの人まで。
大抵は、日本人が厚着、外国人が半袖のところ、
逆になってしまいました。

 

おそらく本来はこのくらいの気温が平均的なのでしょう。
外国から来る人は、事前に旅先の気候を調べて
洋服を選んで持って来たのだろうと妹。
或いはまだまだ冬の寒いところから来たのかもと私。
前回来た時は暑かったという記憶がある私たちは、
照り陽射しの中を歩くより良しということで、
2時間ほどの散策を楽しみました。

 

さて散策後、昼食を食べようと食事処を探しますが、
あいにくどこも満席で待ち時間も長い。
並んで食べるよりも車を出して途中で何か買う方が早い、
ということで午後2時頃には高野山を後にしました。

 

実はこの日は姪っ子の誕生日。
部活の試合で出かけている姪っ子と、
実家で一緒に夕食を食べることになっていたので、
遅いお昼でおなかいっぱいになっても困ります。
おにぎりでも買うことにしたものの、
コンビニが目と鼻の先に乱立している都会とは違い、
なかなかお店もありません。
やっと見つけたお店もおにぎりのようなものがなく、
ようやくコンビニを発見したときには「あった!」。
ところがおにぎりもサンドイッチも売り切れです。
がっかり。
そんなことで、ようやく次のコンビニに辿り着き、
おにぎりやサンドイッチが豊富に並んでいるのを見たときは、
「あった~!!」
みんな車内でおにぎりを頬ばりました。

 

今度は実家に向かう前、
近くで姪っ子の誕生日ケーキを買うつもりが、
思うようなケーキ屋さんが見つかりません。
車を走らせながら実家が近づくにつれ焦ります。
「確かあそこにケーキ屋さんがあったような気がする」と
最後の最後、実家近くの2号線沿いで妹を下ろします。
駐車ができないため妹はケーキを持って歩いて帰ることになり、
私たちたちは一足先に実家に「ただいま」。
手巻きずしを用意していてくれた母は、
私たちが高野山に行っていたと聞きびっくりです。

 

さて、夕食の準備も整いましたが、
主賓の姪っ子がいつ到着するのかがよく分かりません。
申し訳ないけど先に始めてもいいかしら、ということで、
姪っ子用に先に取り分けをして、先にみんなで食べていると、
ほどなく姪っ子が到着です。
姪っ子の席の前を、母と妹と私で素早く整えて、
すぐに一緒に食べることができました。


夕食の片づけが終わったらすぐにケーキの登場です。
姪っ子は少し休みたかったようですが、
休憩を挟むと寝てしまって遅くなるということで、
翌日も仕事のある私と妹に急かされるように
誕生日ケーキでお祝いとなりました。(ごめん!)

 

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というわけで、バタバタと忙しい、
でも充実して楽しい一日でした。
家族で過ごすゴールデンウィークはうれしいです。